大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)1964号 判決 1957年4月09日

上告人

検察官 藤原末作

被告人

牧こと 窪田鉄夫

主文

本件各上告を棄却する。

理由

検察官の上告受理申立理由について。

原判決判示のいわゆる火焔電球(起訴状記載の火焔瓶)が爆発物取締罰則にいう爆発物にあたらないことは、本件火焔電球とほぼ同様の構造、性能のいわゆる火焔瓶についての昭和二九年(あ)第三九五六号同三一年六月二七日言渡大法廷判決の判示に徴して明らかであるから、論旨は理由がない。(記録を調べると、本件火焔電球は、その構造、性能において、右大法廷判決が爆発物にあたらないと判示した火焔瓶よりも小さく、かつ、劣つていることが認められる。)

被告人及び弁護人東中光雄は刑訴四一四条、三七六条、同規則二六六条、二三六条、二五二条により定めた期間内に上告趣意書を提出しないので刑訴四一四条、三八六条一項一号により上告棄却を免れない。

よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋潔 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

(大阪高等検察庁検事長藤原末作の上告受理申立理由)

右の者に対する爆発物取締罰則違反及び銃砲刀剣類等所持取締令違反被告事件につき、昭和二十九年二月二十七日大阪高等裁判所が言渡した判決は、爆発物取締罰則の規定する「爆発物」の解釈につき重要な事項を含むものと認められるので、同年三月十三日刑事訴訟法第四〇六条、刑事訴訟規則第二五七条第二五八条により右爆発物取締罰則違反の部分につき上告審としての事件受理の申立をしたが、同月十五日右判決謄本の交付を受けたので、同規則第二五八条の三により、左記の通りその理由書を提出する。

第一、第一審判決理由の要旨

一、本件公訴事実の内爆発物取締罰則違反の訴因の要点は「被告人は西本九洲男外三名と共謀の上、昭和二十七年七月十五日大阪市北区扇町公園に於て開催の日本共産党三十周年記念大会の当日取締警官隊に対し投擲使用する目的で、同月十三日同市住吉区万代西五丁目杉山せき方二階奥六畳の間に於て、ガソリン、硫酸、塩素酸加里、砂糖及び古電球を使用して爆発性火焔電球十個を製造した」というのであるが、第一審の大阪地方裁判所は、昭和二十八年八月六日右訴因にいう火焔電球は爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当しないとして無罪の言渡をし、唯被告人に対する別個の訴因たる拳銃二挺の無許可所持の点について有罪と認定し、被告人を懲役六月に処したのである。

二、第一審判決が本件の火焔電球を右罰則にいわゆる爆発物でないと判断した理由の要旨は、

「右火焔電球が爆発物取締罰則第三条にいわゆる爆発物に該当するや否やにつき審究するに別件につき右火焔電球についての鑑定人京都大学教授児玉信次郎の鑑定書に依れば、

(一) 火焔電球(容量一一三CC入位の電球に濃硫酸一六瓦、ガソリン三八瓦位を共に入れ、容器の外部に九五平方センチの紙片に糊を塗り、之に塩素酸加里四・二瓦位及び砂糖約二・二瓦を撒布して貼付けたもの)を堅固なる物体又は身体に投擲し、急激に破壊する場合に於ける発火並びに爆発現象の有無につき、

火焔電球を急激に破壊した場合は発火し、ガソリンに点火してガソリンが燃焼することは実験に依り明かである。

爆発の有無については、戸外で破壊する場合は爆発現象が起るとは考えられないが、極く狭い密閉した場所(実験一斗入石油缶内に於て火焔電球を破壊す)に於て破壊する時は、爆発の可能性が考えられる。

(二) 火焔電球を破壊する際の発火又は爆発につき

(1) 塩素酸加里それ自身の爆発

(2) 塩素酸加里と硫酸の作用により発生する二酸化塩素の爆発

(3) 揮発油と空気の爆発混合物による爆発

の三つの爆発可能性が考えられるが、

右の内塩素酸加里それ自身の爆発は、火焔電球の場合は和紙に包まれた状態で相当吸湿しており、塩素酸加里は吸湿状態では爆発しないから、それ自身の爆発は考えられない。

次に二酸化塩素による爆発であるが、火焔電球に於ては二酸化塩素の沸点は一一度であるため気体の状態で発生し、且つ直ちに揮発油と反応する状態にあるので、二酸化塩素それ自身の爆発は起らない。(実験の結果も之を証す)

従つて爆発の可能性は揮発油蒸気と空気との混合により生じた爆発混合物の爆発のみとなるが、密閉した狭い場所(前示実験)に於て火焔電球を破壊した場合は、この可能性が皆無であるとは無えない。

要するに、火焔電球が破壊され、硫酸と塩素酸加里と混じ二酸化塩素が発生し、二酸化塩素の作用により揮発油が点火され、戸外に於ては普通空気中に油が燃ゆる如く拡散焔を生じ燃焼するが、狭い密閉した場所(前示実験)では揮発油による爆発可能性がないとは言えない。

尚塩素酸加里が吸湿していること及び塩素酸加里と揮発油が電球が破壊された場合に爆発をなす程緊密に混合するとは考え難いから、爆発の可能性はないであろう。

(三) 火焔電球の発火現象乃至爆発現象と燐寸でガソリンに点火する場合に於ける燃焼状態との比較につき

発火熱度、発火速度、燃焼範囲、身体又は財産に対する損傷能力、ガソリン飛散も考慮に入れた上、火焔電球の発火する場合の発火現象は塩素酸加里と硫酸の作用により発生した二酸化塩素の酸化作用による揮発油の燃焼が考えられるから、総べての点に於て燐寸で揮発油に点火する場合と燃焼状態に差異はない。

とあり、一般的に言つて電球のみでも之を人又は物に投擲すればその破壊されたガラスの破片により、又硫酸を同様人又は物に投擲すればその腐蝕作用により、点火せる揮発油を人又は物に投擲すればその燃焼により人の身体財産に危害を及ぼすこと明白なるは公知の事実であり、従つて本件火焔電球も亦人の身体財産に危害を及ぼし公共の安全を妨げる危険物であると謂わざるを得ないけれども。右鑑定の結果を熟考するに本件火焔電球は爆発物取締罰則第三条に所謂爆発物とは解し難い。」というのである。

第二、原判決理由の要旨

第一審判決に対し検察官は「第一審の判決は爆発物取締罰則に所謂爆発物の解釈を誤り、為めに判決に影響を及ぼすこと明かな法令の誤りがある」として控訴したのであるが、原裁判所は「爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、理化学上のいわゆる爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において薬品その他の資料が結合した物体であつて、その爆発作用そのものによつて公共の安全を攪乱し、または身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものを指すのであつて、ここにいわゆる理化学上の爆発現象とは、急激な化学反応による発熱により急激な温度上昇を来たし、そのために気体が膨脹し、音響を発するが如き現象を指称するものと解すべきである。本件火焔電球の装置作用性能は、電球に入れてある濃硫酸が電球の破壊により流出して、電球の外壁に貼付した紙に附着している塩素酸加里に触れ、その結果急激な化学反応を起し、二酸化塩素、酸素等が発生して高熱を発し、理化学上いわゆる爆発現象を起し、因つて電球内から流出したガソリンに引火燃焼するに至らしめるものであつて、右電球の投擲等による破壊の結果、理化学上いわゆる爆発現象を起すものであるが、本件火焔電球に装置されている程度の塩素酸加里では、その爆発現象も極めて局部的なもので、単にガソリンに点火するマツチの作用をするに止まり、この爆発自体によつては、なんら公共の平和を攪乱し、人の身体財産を傷害損壊する力のないものであることが明らかであり、又この点火の結果ガソリンの燃焼を生ずるのではあるが、これも通常のガソリンの燃焼状態を生ずるに止まり、これをもつて理化学上のいわゆる爆発現象が生ずるものとは到底いえないことも明らかである。」と判示し、控訴棄却の判決を言渡したものである。

第三、上告受理申立の理由

爆発物取締罰則にいわゆる「爆発物」に関し、原判決に示された解釈は狭きに失し不当である。

大正七年五月二十四日及び同年六月五日の各大審院判決は「爆発物取締罰則に所謂爆発物とは、化学的其他の原因に依りて急激なる燃焼爆発の作用を惹起し、以て公共の平和を攪乱し、又は人の身体財産を傷害損壊し得べき薬品其他の資料を調和配合して製出せる同形物若しくは液体を指称するものにして、其の爆発物たるには自然に爆発作用を起すと他の物との衝突摩擦に因りて爆発するとを問わず、爆発物中に爆発を惹起すべき装置の存在することを要するものとす」と判示し、この見解はその後の大審院乃至最高裁判所の判例により変更されたものとは認められない。右大審院判決は、爆発物取締罰則にいわゆる「爆発物」と解するためには、

(イ) その構造において、薬品その他の資料を調和配合して製造した固形物又は液体であることを要するが、使用薬品その他の資料の種類、量等は之を問わないこと、

(ロ) その作用において急激な燃焼又は爆発の作用を惹起することを要するが、それが化学的原因によるとその他の原因によるとを問わないこと、

(ハ) その性能において公共の平和を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊し得る能力を有することが必要であるが、それが直接に爆発作用自体によるべきものであるとの限定はしていないこと、

を明かにしたものであつて、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物の定義として最も妥当なものというべく、本件火焔電球が同罰則にいわゆる爆発物であるか否かの判定も、右の基準に合するか否かによつて決定すべきものであると信ずる。

然るに原判決は之と異り、右罰則にいわゆる「爆発物」とは「その爆発作用そのものによつて公共の安全を攪乱し、または身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものを指す」と極めて狭く局限して解釈し、且つ「本件火焔電球の投擲等による破壊の結果理化学上いわゆる爆発現象を起すものではあるが、本件火焔電球に装置されている程度の塩素酸加里ではその爆発現象も極めて局部的なもので、単にガソリンに点火するマツチの作用をするに止まる」として、本件火焔電球の爆発性能を認めながら、それを甚だしく過小評価し、右電球を右罰則にいわゆる「爆発物」に該当しないものと判示したのである。

しかしながら右罰則にいわゆる「爆発物」の観念を原判決のように殊更狭く解釈すべき合理的根拠は存しないのである。仮に爆発作用それ自体は微弱であつても、その爆発作用を利用することによつて必然的に燃焼を惹起し且つその燃焼により公共の平和を攪乱し人の身体財産を傷害損壊すべく考案装置されたものは、その危険性において爆発作用自体によるものと差別をつけ難く、之を社会的法律的に観察して爆発物取締罰則にいわゆる爆発物と解するのが当然である。

本件本焔電球は、之を目的物に投げつけ電球を破壊することにより自動的に塩素酸加里が濃硫酸と接触して爆発発火しガソリンに燃え移るように考案装置され、之によつて他人を殺傷し、又は他人の財産を焼燬するものであるから、塩素酸加里の爆発とガソリンの燃焼とは現象的にも性能面にも密接不可分の関係を有するものであつて、両者を分析し各々の性能を別々に考えることは、科学的には格別、法律的には無意味である。

しかも、マツチの役目を果す塩素酸加里の爆発作用こそ火焔電球の生命であつて、火焔電球の危険性はむしろ塩素酸加里の爆発性、発火性に在る。この爆発性、発火性を悪用して他人の生命、身体、財産に危害を加える以外には何等合法的目的を有しない本件火焔電球を、日常生活に常用され且つ爆発性もないマツチと同視するかの如き原審判示は世人の常識と著しくかけはなれている。

火焔電球は一種の焼夷弾であつて、同時に多数の火焔電球が、群集の頭上に又は密集家屋等に向つて投擲されたような場合には、社会の混乱は名状し難いものがあるであろう。

凡そ法はその目的に従つて解釈せらるべきである。特に爆発物取締罰則の如き治安上重大な取締法規については、前記大審院判決の示すが如く法の真意を探究し、社会の実情に即した、合目的的な解釈がなさるべきである。原判決の如く、本来その性能において不可分の関係にある本件火焔電球の塩素酸加里の爆発作用と揮発油の燃焼作用とを殊更に分離し、塩素酸加里の爆発作用が微弱であるから、右電球の爆発物取締罰則にいわゆる爆発物ではないと解するのは法律の解釈を誤つたもたものと思料する。

以上の如く、原判決は爆発物取締罰則の規定する「爆発物」の解釈につき重要な事項を含んでいるので、本件事件受理の申立をした次第である。

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